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梅小路蒸気機関車館

梅小路蒸気機関車館の保存蒸機の写真を掲載しています。形式毎に並べており,同一機では下が新しい写真です。

1080
1070形式。明治時代にイギリスから輸入された6270形式のテンダー式機関車を後年タンク式に改造したものです。1940年に鉄道省から日鉄鉱業に払い下げられて活躍していました。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-295
2014年10月11日
1080
B20 10
No.N0406-18
2004年8月12日
B2010

小型の入換機B20。入念な整備を受け猛煙を上げていました。1946年立山重工業製。姫路第一機関区新製配置,1948年1月〜7月まで大和鉄道(近鉄田原本線)に貸し出されていました。1949年6月に鹿児島機関区に移動。梅小路入りでシールドビームヘッドライトが付けられていましたが,現在は撤去されています。
No.D700_141011-290
2014年10月11日
B2010

隣の番線が空いていたので真横から撮影できました。
(2014/10/26追加)
閉館前の頭出し展示です。
(2015/08/29追加)
No.D700_150815-179
2015年8月15日
B2010
C11 64
No.N0406-18
2004年8月12日
C1164

大井川227・312号機,真岡325号機,北海道171・207号機…と復活機が増えて嬉しいC11。この64号機は1935年川崎車輌製の二次形。現在は静態保存です。
7105 [義経]
義経は1880年(明治13年)北海道に最初にできた官営幌内鉄道の開業にあたり,米国ピッツバーグ,H.K.ポーター社で製造され輸入された軸配置1-Cのテンダ式蒸気機関車で,今年134歳になります。ちなみに,2号機:弁慶,3号機:比羅夫,4号機:光圀,5号機:信広,6号機:しづか,と名づけられていました。義経は1952年の鉄道80周年記念行事で復元されたあと,国鉄鷹取工場で保管されていましたが,1982年のみさき公園での鉄道博,1990年の国際花と緑の博覧会でイベント列車として運転されています。その後は弁天町の交通科学博物館で展示されていました。今回,交通科学博物館が閉館となったため梅小路蒸気機関車館に移動し,石炭炊きで構内運転できるよう動態復元され,この前日の10月10日に完成披露されました。なお,しづか号は小樽に保存されており,1968年,1980年,2002年の三回,義経としづかは再会を果たしています。この梅小路は平清盛の西八条第があったところ。北の国で活躍した義経が流れ流れてこの梅小路に来て復活するストーリーにも歴史の因果を感じています。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
梅小路区100周年の記念旗を掲げた義経号。後ろでは博物館の建設が佳境に入っています。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
テンダー(炭水車)には経義の文字と装飾が施されています。車輪にはPHILADELPHIA .20.A.WHITNEY & SONS USAの金文字が光っています。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
ダイヤモンド型の煙突と鐘だけで,もうアメリカです。ナンバーはもちろん1号機関車を示す1。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
キャブの側窓下にあるオシャレな赤いロゴ。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
ターンテーブルがかかってしまっていますが,前面のカウキャッチャーが西部劇を彷彿とさせます。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
軸配置1−C。凝ったデザインの動輪三つです。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
良い秋空でした。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-252
2014年10月11日
7105 義経
8630
No.N0406-2
2004年8月12日
8630

大正生まれの万能機ハチロク。大河ドラマ便乗?の新撰組キャンペーンで誠のヘッドマークを付けています。1914(大正3)年汽車製造製。戦前は東海道,戦後は平・水戸機関区で常磐炭坑地区の小運転や入れ換えに従事。晩年は東能代機関区,弘前機関区に転じ,五能線でも活躍しました。運転室が改造されている他,炭水車は振り替えれていますが,煙突は貴重な化粧煙突のままです。
No.D700_141011-350
2014年10月11日
8630

スチーム号として運転されヘッドライトが点灯しています。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-357
2014年10月11日
8630

梅小路運転区100周年記念HM付きのスチーム号。
(2014/10/26追加)
C51 239
No.N0405-34
2004年8月12日
C51239

蒸気溜めと砂箱の2コブが特徴的。新たに整備されたランボードの欄干も見てみたい。
No.N0406-3
2004年8月12日
C51239

美しき1750mmスポーク動輪を持つ急客機C51。239号機は1927(昭和2)年汽車製造製。品川機関区時代,お召列車牽引104回という記録を持つカマです。写真では給水温め器が搭載されていますが,その後04年秋に撤去され,お召し時代の状態に整備されました。
No.D700_141011-261
2014年10月11日
C51239

形式番号付きの大型ナンバープレートが美しいです。
(2014/10/26追加)
1750mmスポーク動輪。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-310
2014年10月11日
C51239
No.D700_141011-316
2014年10月11日
C51239


お召装備時の欄干が付いています。公式側は動輪周りを丁寧に手作業で整備中でした。
(2014/10/26追加)
No.D700_150815-149
2015年8月15日
C51239


扇形機関庫の耐震補強工事のため足場が組まれています。
(2015/08/29追加)
3シリンダ機C5345との並び
(2015/08/29追加)
No.D700_150815-156
2015年8月15日
C5345 C51239
C53 45
No.N0406-5
2004年8月12日
C5345

3シリンダのC53。デフなしです。1928(昭和3)年汽車製造製。梅小路機関区新製配置,戦時中姫路・宮原機関区に在籍した後,再び梅小路区に戻り,1950年に廃車。国鉄吹田教習所保管,1961年大阪交通科学館開館に際し,復活,2日間本線を走行しました。
No.N0405-36
2004年8月12日
C5345

すらっと延びたボイラが魅力的です。
非公式側のボイラ
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-327
2014年10月11日
C5345
C55 1
No.N0406-10
2004年8月12日
C551

シールドビームが付いています。1号機は1935年川崎車輌製。小樽築港機関区新製配置,以来道内にあり・函館本線函館〜旭川間,室蘭本線長万部〜岩見沢間,室蘭〜東室蘭間,宗谷本線旭川〜稚内間での急行牽引に活躍しました。
No.N0406-22
2004年8月12日
C551

1750mmスポーク動輪のパシフィック。
No.D700_141011-344
2014年10月11日
C5551

密閉キャブのC551。ヤードに放り出されていました。近くで見れなくて残念ですね。
(2014/11/01追加)
C56 160
No.N0406-19
2004年8月12日
C56160

簡易線向けのテンダ機関車で160号機はラストナンバー機。戦前から津山機関区にあり,因美線,姫新線などで活躍。1953(昭和28)年に鹿児島機関区に転じ,指宿枕崎線に投入されました。1年半後に横浜機関区に移動し入換仕業にあたりました。1964(昭和39)年に上諏訪機関区に移動,上諏訪,松本地区で活躍。デフレクタバイパス弁点検窓は大宮工場,運転室屋根延長は長野工場での改造です。最近では写真HMの北びわこ号で活躍しています。
C57 1
No.N7802-24
1978年4月1日
C571

大勢のギャラリーに囲まれて梅小路のターンテーブルに乗るC571。まだ煙突を切られる前です。
C58 1
No.76-8
1984年10月11日
C581

お召し装備のC581。山口線用の集煙装置を付けています。C57よりは据わりが良いようですが…。C581は1938(昭和13)年汽車製造製。新鶴見機関区新製配置,大宮から横浜港方面への軽重量貨物などに使用されました。その後,千葉機関区に転じ,総武・成田・房総東・房総西線の客貨列車で活躍しました。戦後は北海道,北見機関区に長く在籍し,石北本線北見以北,また釧網・池北線を中心に活躍しました。運転台前方の旋回窓,側面のスクリーン,ボイラードーム前の大型手すりなどに北見区時代の特徴が見られます。
No.N0406-8
2004年8月12日
C581

同じくお召し装備のC581。菊の紋章の中央に梅マークがあります。デフ,ランボードのにも装飾があります。
No.D700_141011-237
2014年10月11日
C581

梅小路運転区100周年記念の紅白旗を掲げていますが御召装備なのでモノクロにして赤を飛ばしました。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-243
2014年10月11日
C581

デフに鳳凰が付くと一層格調高くお召しらしくなります。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-244
2014年10月11日
C581

斜め前から。
(2014/10/26追加)
No.D700_150815-141
2015年8月15日
C581


梅小路機関車館閉館に伴う最後の頭出し展示が8/13から実施されました。
(2015/08/29追加)
C59 164
No.N0406-5
2004年8月12日
C59164

特急牽引機のC59。1946(昭和21)年日立製作所製。梅小路新製配置,戦争中に荒廃したC53に代わり東海道本線および山陽本線東部で始動しました。1950(昭和25)年に山陽本線からC62が転入したのに伴い,糸崎機関区に移動,ここで山陽・呉線を担当し20年間使命をまっとうしました。
No.D700_141011-263
2014年10月11日
C59164

赤ナンバー機ですが,これもモノクロームにしてみました。
(2014/11/01追加)
C61 2
No.N0406-11
2004年8月12日
C612

D51形のボイラを使用した旅客用機関車。C61は三菱,日車で33両が誕生し,甲線である東北・常磐・鹿児島本線に投入されました。2号機は1948(昭和23)年三菱重工製,新製配置は仙台機関区で,当初は東北本線白河〜仙台間で使用され,その後常磐線,また東北本線仙台以北へと活躍の場を広げました。1965(昭和40)年の盛岡電化で青森機関区に移り,東北本線盛岡以北および奥羽本線秋田〜青森間の運用に使われましたが,DD51の投入により,優等列車からは追われていくことになりました。1971(昭和46)年には奥羽本線電化に伴い,一転して宮崎機関区に移り,日豊本線延岡〜南宮崎間を中心にC57仕業を一部肩代わりすることになりました。東北時代に手動逆転機への改造,デフレクタバイパス弁点検窓の設置を行っています。
C62 1
No.N0406-0
2004年8月12日
C621

2-C-2のハドソン,D52のボイラを転用した戦後生まれ,国内最大の急客機で49両が作られました。トップナンバーは後から編入されたカマという理由でもないでしょうが,クラの外で静態展示されています。

1948年日立製作所新製。広島第二機関区
1950年8月 宮原機関区
1957年 広島第二機関区
1967年 廃車
1976年 準鉄道記念物 広島鉄道学園
1994年2月 梅小路区移管
ハドソンと呼ばれる軸配置2-C-2,力強さにあふれています。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-276
2014年10月11日
C621
No.D700_141011-366
2014年10月11日
C621


旗と自連の前の障害物の影響を避けようとモノクロにしました。
(2014/10/26追加)
ツヤのあるC621号機とツヤ消し2号機の並び。
(2015/08/29追加)
No.D700_150815-159
2015年8月15日
C622 C621
C62 2
No.76-30
1984年10月11日
C622

梅小路機関区開設70周年記念のプレートを付け展示運転線を単機で走行するC622。1948年日立製作所新製。糸崎機関区新製配置,山陽本線で足慣らしの後,宮原機関区に移り,つばめ,はと牽引で大活躍。デフレクタのつばめマークはこの時代に取り付けられました。1956(昭和31)年の東海道本線全線電化後は,軽軸重化改造を受けて北海道へ。函館本線函館〜小樽間を中心に急行大雪,まりも,アカシア,ていね,ニセコなどの仕業に就きました。山線での重連運転はあまりにも有名。形態的には極寒地仕様で,梅小路区へ来てから回転火粉止めをはずしています。
No.N0406-13
2004年8月12日
C622

つばめマーク付きの2号機。シールドビーム,デフ点検窓の有無で1号機とかなり印象が異なります。
No.N0406-21
2004年8月12日
C622

年代を感じさせるプレート
お天気だったので光がまぶしく,暗い庫内と露出が違いすぎるのでモノクロにしてなんとか落ち着かせました。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-239
2014年10月11日
C622
同じく第二動輪からキャブまで
(2014/10/26)
No.D700_141011-241
2014年10月11日
C622
C622の非公式側動輪周り
(2014/10/26)
No.D700_141011-277
2014年10月11日
C622
No.D700_141011-279
2014年10月11日
C622

反射がきれいでした。
(2014/10/26追加)
C621と並んだC622。自連の前に立て札があってカラーでは目だって仕方ありません。
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-368
2014年10月11日
C621とC622
迫力のあるC621号機と2号機の並び。これで煙があればバッチリです。
(2015/08/29追加)
No.D700_150815-163
2015年8月15日
C622 C621
9633
No.76-9
1984年10月11日
9633

形式入りの赤ナンバーを付けた9633。1914(大正3)年川崎造船所製。大正時代を代表する貨物機関車です。この当時は予備灯(シールドビーム)が付いていますが,下の写真でわかるように,その後撤去されすっきりとしています。
No.N0406-15
2004年8月12日
9633

形式入り黒地ナンバーになり,予備灯もはずされてぐっと落ち着いた感のある9633。
デフなしキューロクの滑らかな曲線美。
(2015/08/29追加)
No.D700_150815-180
2015年8月15日
9633
D50 140
No.N0406-8
2004年8月12日
D50140

D50は1-D-1のミカド。1919(大正8)年から1931(昭和6)年にかけて川車,汽車,日立,日車の4社で380両が製造されました。140号機は,1926(大正15)年日立製作所製。製造当初は9900形19939号機として誕生,梅小路機関区に配属されて,東海道,山陽本線で使用された後,糸崎,岡山,姫路,梅小路,吹田機関区へと大鉄管内を移動しています。1941(昭和16)年に九州,大里(後の門司)機関区に配属,翌年から直方機関区,晩年は若松機関区への配置となり,30年間筑豊で運用されました。鹿児島本線門司港〜黒崎,原田〜鳥栖,筑豊本線若松〜原田が中心で,石炭列車の他,普通旅客列車も牽引しました。形態の特徴は,化粧煙突,20立方m形炭水車,運転室側窓一体形,3音階汽笛,デフレクタバイパス弁点検窓設置,ディスク輪心の先輪,などです。小倉工場では念入りに特別整備をして送り出されました。
No.D700_150815-144
2015年8月15日
D50140


四角いデフが几帳面そうな印象のD50です。
(2015/08/29追加)
お召装備C581とのツーショット
(2015/08/29追加)
No.D700_150815-145
2015年8月15日
C581 D50140
D51 1
No.N0406-14
2004年8月12日
D511

D51は1936(昭和11)年から1945(20年)にかけて1115両新製されたもっともポピュラーな貨物用機関車です。このうち,給水温め器,砂箱,蒸気だめを一体とした「なめくじ」のニックネームを持つ1次形の半流線形1〜85号機,91〜100号機の95両が川車,汽車,日立で落成しています。貨物機としては珍しい,煙室の縁のRも優しいイメージを受けます。D511は1936(昭和11)年川崎車輌製。敦賀機関区新製配置で,北陸本線を振り出しに,戦後にかけて稲沢,大垣機関区にあって東海道本線で活躍。その後,上諏訪機関区に転属し,中央東・篠ノ井線甲府〜松本〜長野間で客貨列車に使用され,準急アルプス,白馬,穂高,といった優等列車の先頭にも。後年は,盛岡・青森機関区へと移動,東北本線の十三本木峠越え,奥羽本線矢立峠越えの三重連に参加しています。そして浜田機関区へ移り山陰本線米子〜長門市間で使用された後,梅小路区に着任しています。形態的には,煙突上部に回転式火の粉止めをつける為の改造(縁取り)がある他,上諏訪区時代に長野工場でデフレクタにバイパス弁点検窓設置,シリンダカバー上部の点検ふた改造,重油併燃装置取り付けが実施されています。また,東北時代に旋回窓,前灯予備灯を取り付けています。
D51 200
No.76-5
1984年10月11日
D51200

1937(昭和12)年製の86〜90号機,101号機以降は,なめくじドームが廃止され,給水温め器がまくらぎ方向に煙突の前に配置され,煙室の縁は再び角のある精かんなタイプになりました。200号機は1938(昭和13)年鉄道省浜松工場で落成,稲沢機関区に新製配置されています。以後,米原・大垣機関区と東海道筋で活躍し,1号機と同じ大垣区で過ごした時期もありました。1950(昭和25)年に中津川機関区へ移り,梅小路区転出まで中央西線で活躍しました。04年夏に訪れた際には整備作業中でばらされていました。
No.D700_141011-282
2014年10月11日
D51200

昔はみんな蔵の中にいましたが,今回はC551,D51200,9633,8630(スチーム号),義経,が扇形庫の外に居ました。
(2014/10/26追加)
No.D700_170505-353
2017年5月5日
D51200

昨年修復され煙室扉が黒光りするD51200。試運転でテンダー軸焼けしたそうで心配していましたが,無事再度組み立てられたようです。
(2017/05/07追加)
D52 468
No.N0406-7
2004年8月12日
D52468

D52は日本最強の貨物機。1943(昭和18)年から1946(昭和21)年にかけて,国鉄浜松,鷹取工場,日車,川車,日立,汽車,三菱で285両が誕生しています。468号機はD52のラストナンバー。戦後生まれで,沼津機関区新製配置。東海道本線東部と御殿場線で客貨列車に活躍し,その後,吹田・姫路機関区へと移動し,動脈幹線の輸送力を担い,山陽本線姫路電化で五稜郭機関区へと転じました。ここでは梅小路区転出まで函館・室蘭本線函館〜鷲別間で貨物列車を中心に活躍した他,1966(昭和41)年9月の通称藤代線七飯〜大沼間開通まで函館本線仁山越えの補機仕業でD52形重連という迫力のシーンを展開しました。形態的には旋回窓装備など耐寒装備になっていますが,開放形運転台,予備灯を持たず大形前灯1灯だけであるなど,北海道の機関車としては比較的原形を保っています。苗穂工場で整備を受け,梅小路区に入りましたが,静態保存,現在では車籍も抹消されています。
No.D700_141011-264
2014年10月11日
D52468


D52468の正面ナンバープレート
(2014/11/01追加)
D52の圧力弁付近
(2014/10/26追加)
No.D700_141011-336
2014年10月11日
D52468
頭出しで並んだD552とC59
(2015/8/29追加)
No.D700_150815-168
2015年8月15日
D52468 C59164

◆参考文献: 
 特集: 今また国鉄形蒸機が熱い    鉄道ファン 382 1993年2月号 交友社
 西尾恵介 梅小路蒸機の現役時代   鉄道ファン 404 1994年12月号 交友社