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| EH10は東海道本線の全線電化が進められていた1950年代前半,最大の難所である関ヶ原を1,200tの貨物列車で安定して越えられるようにするため誕生したマンモス電機で,B‐Bの車体を2つ永久連結した8つの動軸を持ち,1時間定格出力は2530kWとなっています。EH10は1‐4号機が試作機として1954年に落成,この試作機の全長は22,300mm,運転整備重量118.4t,軸重は14.8tでした。試作機では2つのパンタグラフを2車体の中央部に寄せることにより,高圧ケーブルを短縮し軽量化を図りました。ところが使用開始後まもなく80km/h以上の高速域において,トロリ線とパンタの離線確率が高くなる問題が生じたため,5号機以降の量産機ではパンタを車端側に配置するよう設計変更されています。5‐64号機では,全長が22,500mmと20cm長くなる一方,運転整備重量は116tに軽量化されました。東海道・山陽という大動脈で高速貨物牽引により高度経済成長を支えた同機ですが,特筆すべきはEH10 15号機で,1955年12月中旬に車体をぶどう色に塗色され,東京‐米原間で旅客列車の120km/h高速試験に供されています。 |
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| ■ 新製車 |
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| 形式 |
分類 |
番号 |
製造年 |
製造所 |
主な特徴,経歴 |
| EH10 |
試作機 |
1 |
1954 |
川崎車輌・川崎重工 |
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全長22,300mm,運転整備重量118.4t,軸重14.8t,パンタグラフ中央寄り |
| 2 |
1954 |
日立製作所 |
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| 3 |
1954 |
東京芝浦電気 |
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| 4 |
1954 |
三菱電機・新三菱重工 |
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| 量産機 |
5‐10 |
1955 |
日立製作所 |
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全長22,500mm,運転整備重量116t,軸重14.5t,パンタグラフ両端寄り |
| 11‐15 |
1955 |
東京芝浦電気 |
15号機は高速主電動機搭載,歯車比3.08,電磁直通ブレーキ装備,ぶどう色2号塗色で落成,高速度試験で120km/h達成,1958年量産機と同様に改造 |
| 16‐20 |
1955 |
川崎車輌・川崎重工 |
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| 21‐25 |
1955 |
三菱電機・新三菱重工 |
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| 26‐27 |
1955 |
東洋電機・汽車製造 |
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| 28‐30 |
1956 |
日立製作所 |
30号機の側面エアフィルタはビニロックフィルタ |
| 31‐33 |
1956 |
東京芝浦電気 |
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| 34‐35 |
1956 |
川崎車輌・川崎重工 |
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| 36‐37 |
1956 |
三菱電機・新三菱重工 |
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| 38 |
1956 |
東洋電機・汽車製造 |
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| 39‐40 |
1956 |
日立製作所 |
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| 41‐42 |
1956 |
東京芝浦電気 |
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| 43 |
1956 |
川崎車輌・川崎重工 |
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| 44 |
1956 |
三菱電機・新三菱重工 |
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| 45 |
1956 |
東洋電機・汽車製造 |
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| 46‐48 |
1956 |
日立製作所 |
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| 49‐50 |
1956 |
東京芝浦電気 |
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| 51‐52 |
1956 |
川崎車輌・川崎重工 |
51号機は側面エアフィルタ変形 |
| 53‐55 |
1956 |
三菱電機・新三菱重工 |
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| 56‐57 |
1956 |
東洋電機・汽車製造 |
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| 58‐59 |
1957 |
日立製作所 |
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| 60‐61‐62 |
1957 |
東京芝浦電気 |
60号機は側面エアフィルタ変形
61号機は東淡路南公園で静態保存 |
| 63‐64 |
1957 |
川崎車輌・川崎重工 |
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