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クモハ43・53・54,クハ47・68,クハユニ56,クモハユニ64他

 1982年11月の飯田線撮影行の写真を撮影順に並べてあります。

1982/11
No.N8212-3
1982年11月20日 7:13
223M
飯田線 辰野

クモハ54を先頭にして早朝の辰野に到着した6両編成。2両目は2扉のクハ47です。
No.N8212-4
1982年11月20日 7:17
223M
飯田線 辰野

上の写真の最後尾です。
No.N8212-5
1982年11月20日 7:25
236M
クハ68404
飯田線 辰野

クハ68404を最後尾にした編成,これから私が乗車する電車です。

(辰野方)
クハ68404
+
クモハ53001
+
クモハ53000
+
クハユニ56012
(豊橋方)

という4両編成です。
No.N8212-6
1982年11月20日 7:27
236M
クハユニ56012
飯田線 辰野

こちらが先頭(豊橋方),クハユニ56012です。右側の貨物扱施設も貴重なのでトリミングしないで掲載しておきます。この車両は横須賀線の戦前最後の新製車であるモハユニ61形の改造車で,011と012がいました。一方,クハニ67形から改造されたクハユニ56001〜004もありました。
No.N8212-9
1982年11月20日 8:35
飯田線 伊那松島機関区

検査で松島区のクラにはいっている編成です。200mm。
(許可を得て撮影)。
許可を得て撮影の割には200mmなんか使ってます。ED62の項にも書いてありますが,私達の訪問の直前にサボかなんかを盗んだ不届きな奴がいたため,電車に手の届かないところからの撮影を余儀なくされました。
No.N8212-11
1982年11月20日 8:43
クハ68
飯田線 伊那松島機関区

こちらも検査で松島区に入場している編成です。手前は3扉セミクロスシートのクハ68です。電車が傾いているのか,周りの電柱が傾いているのかよくわからない写真です。
(許可を得て撮影)
No.N8212-17
1982年11月20日 11:48
238M
飯田線 天竜峡→千代

景勝地をゆく旧国2両。クハ68400番台+クモハ43か53ですね。
No.N8212-20
1982年11月20日 13:05
253M
飯田線 千代→天竜峡

紅葉の天竜峡をゆく2両。手前はクモハ43か53,2両目はクハ68400番台です。
No.N8212-21
1982年11月20日 13:08
1226M
飯田線 千代←天竜峡

珍しいクモハユニ64000を先頭にした4連。2両目はクハ68412です。
No.N8212-32
1982年11月20日 16:16
1228M
クハユニ56011
飯田線 天竜峡

クハユニ56先頭の4連が夕暮れの天竜峡駅に到着。シル・ヘッダー付きであり,ヘッドライト下左右に手すりがないことからクハユニ56011と特定できます。従って2両目はクモハ54106です。
No.N8212-33
1982年11月20日 16:17
1228Mと1223M
飯田線 天竜峡

天竜峡駅で顔を揃える1228Mと1223M。クハ68400番台車ですが,幌の有無で表情が異なります。幌のある右側のクハ68416にはサボ受けがありません。
No.N8213-1A
1982年11月20日 20:10
クモハ53008
飯田線 天竜峡

中央が「合いの子流電」ことクモハ53008,左はクハ47009です。時間は20:10。夕食後のバルブタイムで新品の三脚が威力を発揮しました。53008は元43040で,急行運転が京阪神に延伸された1937(昭和12)年に流電52系の増備車として誕生しました。流電52系と半流線形51形の合成形として設計され,ノーシルノーヘッダーの全溶接仕上げとした平滑な車体に,美しい半流貫通形の顔を組み合わせ,車間中間のクロスシート部には広窓,両端のロングシート部には小窓を配置しています。張り上げ屋根で側面から屋根へのラインも美しく戦前形国電の最高傑作の1両といえるでしょう。戦後は阪和線を経て飯田線で活躍しました。ベンチレータや雨どい,幌枠など容姿はかなり変わっています。
No.N8213-2A
1982年11月20日 20:20
クモハ43015+クハ68414
飯田線 天竜峡

上の写真の右側の車輌がこれです。小窓の並ぶ2扉車,クモハ43015,ペアはクハ68414です。
No.N8213-5A
1982年11月20日 20:50
267M
クハ47009
飯田線 天竜峡

上のN8213-1A,2Aと同じ編成。これから仕業につくところです。念のために編成は

(辰野方)
クハ68414
+
クモハ43015
+
クモハ53008
+
クハ47009
(豊橋方)
No.N8213-9A
1982年11月21日 7:47
1221M
クモハユニ64000
飯田線 中部天竜

前パンが格好良いクモハユニ64000です。大糸線の荷物用兼貨車牽引用のためモハユニ44100を1961(昭和36)年3月に長野工場で改造・改番して誕生しました。後に貨車牽引の役目がなくなり,山陽本線の荷電兼入換用として岡山に移り,第2エンドに貫通扉を取り付けています。1977(昭和52)年に浜松工場の入替え用を経て飯田線にやってきました。岡山区からの転入が比較的遅かったため前面サボ受けのないのが特徴となっています。1983(昭和58)年に廃車になりました。
No.N8213-14A
1982年11月21日 8:30
638Mと625M
飯田線 三河槙原

本日の撮影地に到着。左側は天竜峡から乗ってきたクハ85,愛想のない顔です。
No.N8213-18A
1982年11月21日 10:17
1222M
飯田線 湯谷←三河槙原

旧国5両追い写し。豊橋方先頭にクモハ83が付いています。
No.N8214-5
1982年11月21日 15:13
1226M
飯田線 三河槙原←柿平

これもお立ち台から。もっと引きつけたいところですが,この電車に乗るため焦っていました。この直後猛然と駅までダッシュ,なんとか間に合いました。(^^;
No.N8214-6
1982年11月21日 15:43
1226M
クハユニ56003
飯田線 大海

165系の605Mとの交換待ち。このクハユニ56003は上のクハユニ56012(No.N8212-32)とは異なり,シル・ヘッダーがありません。ネガの発色が悪く,夕日を浴びてようやく本来の青色が出た感があります。
No.N8214-9
1982年11月21日 16:45
839Mと1226M(回送)
飯田線 豊橋

クハ86と並ぶスカ色のクハユニ56003。
No.N8214-10
1982年11月21日 16:57
1226M(回送)
クハ68
飯田線 豊橋

回送のため待機する4連。手前はクハ68400番台です。

■参考文献
 沢柳健一 旧型国電50年(U) JTBキャンブックス
 手塚一之,浦原利穂 半流43系姉妹の一代記  鉄道ファン 1998年10月号〜11月号 交友社
 手塚一之 流電52系姉妹の一代記  鉄道ファン 1999年9月号〜2000年1月号 交友社
 浦原利穂 関西ファンの記録から 鉄道ファン 1999年9月号,10月号 交友社