ED75
1〜100 101〜160 300番台 500番台 700番台 1000番台

 ED75 501号機は,函館本線電化開業用の先行試作機として昭和40年度第2次債務により発注され,三菱電機・三菱重工にて製造,昭和41年9月30日に落成しました。制御装置へのサイリスタ導入は,昭和39年度第1次債務車であるED93 1(後にED77 901に改造)で試みられ,各機器の無接点化,無電弧化,静止化などの各種課題を克服することが実現できました。そこで,ED75をベースとし,この技術を北海道の電化にて反映させたのが本形式です。回路構成はED93とほぼ同じで,主変圧器はTM12の新規採用となり,低圧側回路が4分割され,主シリコン制御整流器にはRS27が採り入れられ,整流作用はもとより,逆並列サイリスタ+ダイオードブリッジが先の4回路に1組ずつ加わり,幅広く連続位相制御を受け持つようになっています。主電動機はMT52,歯車比1:4.44でつり掛け式とし,出力1900kWに設定しています。これはED75M(マグアンプ)と全く同じ仕様です。台車は昭和40年度第1次民有車から使用開始したDT129G,Hを採用し,台車間距離をED75Mより300mm延長したため,全長は14.3mから14.6mに変化しています。北海道用に耐寒耐雪構造が特に強化され,ED93形同様特別高圧機器をすべて室内に収容し,主シリコン制御整流器・主平滑リアクトルの冷却風は床下から屋上へ通し,主要操作機器,各種電機品,空制部品,制輪子にはヒータを設けて凍結防止を図っています。車体外部では,昭和40年度第2次民有車(ED75 50〜68)と同一形状の端面窓上ひさしが設置され,防護柵も左右両窓と貫通扉窓に設けられました。列車暖房装置を持たないことから電暖表示灯,車端スカートのKE3ジャンパ連結器はなく,スカートには重連総括制御用のKE79ジャンパ連結器があります。屋根上両端部には大きな交流避雷器が設置され異彩を放っていました。配置は昭和40年10月1日発足の札幌運転区宛に行われましたが,しばらく東北本線で試験され,昭和41年11月11日に同区に回着しています。函館本線の試験線区であった銭函〜手稲間の電化工事完成とともに入線し,集電試験・牽引試験を開始しています。

 ED75 500番台は量産されることなく,その後,この技術はED76 500番台へと引き継がれました。このED75 501もED76 500番台に合わせて大規模な改造工事を受け,パンタグラフがPS101から下枠交差形のPS103に変更された他,,特徴であった大形避雷器も撤去されています。

ED75 501
No.D200_090817-136
2009年8月17日
ED75 501
小樽市総合博物館(手宮)


今回の北海道旅行での最重要ミッションはED75 501の取材。懸案であった写真をようやく撮影することができ,一応ED75の全バージョンが揃いました。写真は2END側です。ED75Mより300mm長く,すらっとした印象。最近塗装され比較的保存状態は良好ですが,周囲の車両は傷みが激しく,維持管理の困難な様子が窺えます。
No.D200_090817-139
2009年8月17日
ED75 501
小樽市総合博物館(手宮)


2END側の正面。後ろにキハがいるので,18mm(換算27mm)でギリギリでした。
No.D200_090817-142
2009年8月17日
ED75 501
小樽市総合博物館(手宮)


2END側の運転室側側面です。岩見沢第2機関区の区名札を入れています。
No.D090817-106(息子撮影)
2009年8月17日
ED75 501
小樽市総合博物館(手宮)


非公式側面のナンバーとメーカーズプレート。三菱電機・三菱重工,昭和41年,第835号の刻印があります。
No.D200_090817-145
2009年8月17日
ED75 501
小樽市総合博物館(手宮)


1END側です。ED75 50以降のヒサシ付きの前面形状に下枠交差形パンタグラフという,特徴ある顔つきをしています。北海道電化の礎となったこの車両が永く保存されますように。

 2009年8月20日 ページ新設

■ 参考文献

 藤本勝久 交流・交直流電機出生の記録  9 鉄道ファン330 1988年10月号 交友社 (ED75 501)


機関車番号 発注区分名 発注名目
ED75 501 昭和40年度第2次債務 函館本線電化開業用先行試作機


ED75
1〜100 101〜160 300番台 500番台 700番台 1000番台